許容量をオーバーすると

昔に比べると他人を受け入れる容量は増えたような気がする。でも、久しぶりに容量オーバーしてしまった。

夕方、部内の会議が終わった後、年下の社員さんがグチをこぼしてきた。グチを聞くのは好きではないが、普段余り話をしない社員さんだからと話を聞いていた。

彼の話を要約すると、『こんなに頑張っているのに、誰も評価してくれない』である。

ありきたりなグチだけど、話を聞いている途中からなぜか悲しくなって泣きたくなってきた。その理由が分からなくて、話が終わってからは、仕事をする気にもならず、相変わらず泣きたくもなるし……。

ある程度、仕事の区切りをつけて会社を後にした。帰宅途中にあるドトールで、ミラノサンドを食べながら感情の整理をする。一人暮らしではないので、家族にイヤな感情を抱えたままの顔を見せたくないから。

……いろいろと考えてみる。

どうやら、社員さんのマイナスの感情をかぶってしまったかもしれない。彼の波長に同調してしまったのは、私自身、ここ数日のある仕事の処理で、精神的にヘトヘトになっていたせいもあるが、私の心の片隅に押しやっていた『頑張っているのに~』というマイナスの感情が、彼のグチで刺激され、ムクムクと膨らんでしまったせいもある。

そして、怒りと悲しみの感情は表裏一体だということ。社員さんは、怒りながらグチをこぼしていたが、その裏には、評価されない=相手にされない、という悲しみがあるのではないかと思う。

私も、契約社員という立場上、あれこれこき使われるが、意見を言ったところで、聞き流されるし、虚しい気持ちに気づかないふりをしていたのだが、今になって溢れだしてきたのにかも。

その感情を噛みしめてみる。ああ、私は悲しかったのだ、寂しかったのだなと。

一人で頑張っていただけなんだな。

もう少し、ゆっくりしてもいいのに、焦燥感に駆られて一人で突っ走っていただけなんだな。

ちょっとだけ、抱えていたものを吐き出せたかな……。この記事を読んで、イヤな気分にさせてしまったなら、ゴメンナサイです。
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