自らの行動も具現のひとつ

具現って目にするものばかりだと思っていた。

ゆきさん11月20日の日記に書かれていた『自分が具現していた行動』という一文を読んで、合点したことがある。

最近の私は、ため息をつきながら仕事をしている。
自らのエゴが招いた仕事とはいえ、単純作業に嫌気が差してきているのだ。
そう言えば、前の会社の時もため息つきながら仕事してたっけな?
前の会社も、自らのエゴが引き寄せた会社だった。
父親と同じ業界の会社に勤めれば、父親に認められると思って。

さらに、さかのぼると小学生の頃には、

『つまら~ん(おもしろくない、楽しくない)』

を連呼してボヤいてなかったか?
それを毎日聞いていた母は、言った。
「そこにあるノートの最後に書いてある文章を読みなさい」
言われたノートをめくってみると、次のような文章が書いてあった。

『つまらない、つまらないと思うからつまらなくなるのです。自分で楽しいことを探しなさい』

これを読んだ私は、怒り、悲しみ、空しさなどが一気に沸き上がったのを覚えている。
私に面と向かって言わない母親のずるさにも、腹が立った。

母親は、私がなぜつまらないと感じて日々過ごしているのかを聞いてはくれなかった。

では、聞かれたら何と私は答えたのだろう?

「私の考えや話を聞いて欲しい。存在を認めて欲しい」

ただそれだけだった。何も高いおもちゃが欲しいとか言っている訳じゃない。

そうだ! ため息つきながら仕事をしている時って、決まってあることを考えていた。

『この仕事、私がしなくってもいいんじゃないの? 誰でも出来る仕事だし~』

これって、認められないから嫌気がさすってこと?
大切な役割を果たさないと存在価値がないと思っている私がいる。

これこそ『つまら~ん(くだらない)』ぢゃ!
これに気がつかなかったら、誰かに認められるまで、ため息をつきながら仕事をし続けていただろう。

私って、子供の時から認められたくって勉強したり資格とったり仕事してたりしてたんだな。

なんて、いじらしくてけなげで可愛い子なんだ、私ってΨ( ̄∀ ̄)Ψ

誰かに認められるのではなく、私が、私の存在を認めよう。
ここに居てもいいのだよ。
ただ、存在するだけでいいのだよ。

他人から押し付けられる役割なんていらない。
私には、私の存在の仕方があるのだ。

そうすると、母親にも母親の存在の仕方があるというわけで。
母親は、彼女の両親が耳が不自由だったから、面と向かって注意されたりしなかったのかもしれない。大事なことは紙に書かれたのかも。
この時のことは、もういいや。

許そう。
古い価値観も手放そう。
とらわれることはないんだよ。



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by muumiyah | 2006-11-21 23:13